上杉鷹山の「伝国の辞」晋三君は知らないんだろな。 - とうほく見所より所

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    上杉鷹山の「伝国の辞」晋三君は知らないんだろな。

     天明5年(1785年)上杉鷹山が35歳という若さで家督を上杉冶広に譲り隠居。
     その際に君主としての心得を「伝国の辞」として冶広に申し渡しました。
     3条からなる藩主としての心得である。

    上杉鷹山

    伝国の辞


    一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれ無く候
    一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれ無く候
    一、国家人民の為に立たる君にて君の為に立たる国家人民にはこれ無く候

    伝国の辞の訳


    一、国(藩)は先祖から子孫へ伝えられるものであり、我(藩主)の私物ではない。
    一、領民は国(藩)に属しているものであり、我(藩主)の私物ではない。
    一、国(藩)・国民(領民)のために存在・行動するのが君主(藩主)であり"君主のために存在・行動する国・国民"ではない。

    「伝国の辞」晋三君はしらないんだろな。


     「加計学園問題」にしろ「森友学園」の土地払い下げにしろ、もし「伝国の辞」を理解していたら、起こらなかった尊宅ですよね。

     民主主義以前の、君主の心得さえ無い人物といえるのかも知れません。
     月とスッポンでしょうか。
    米沢観光NAVIのHP
     
    ポチッとお願します。  

    2017-06-25 20:30 | Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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